FC2ブログ
2008.01.29(火)

夫、決断

検討中の高齢者用住宅で
ご飯を試食させてもらったところ

おいし~い~o(^▽^)o!

おまけにその日大雪で
車出せないかな~
とか思ってたのに
タイミングよく除雪車がきたり
何かと事がうまく運ぶので
これは何かのお導き?
という感じもあり
ここにしよう!との決断に至りました。
他の入所者のひとも
とてもよい感じなので
ここなら義母も友達ができそうです♪

その報告を義父にすると
すっかり安心しきって
逆に自分に万が一のことがあったとき坊さんいないと困るから
お寺に檀家になっておけだのと話を始めたので(おいおい…(^^;)
ちょっと心配になりました(-_-#)。

肝心な週2回リハビリ通院の話は
義母の
「そんなに行けないわ」
の一言で義父も
「すわ!少しムチャだったか!?」、と
(ようやく)思いなおした様子。

とりあえず義母はようやく退院にこぎつけそうです。
ちなみに契約の用紙をもらってきて



( ̄□ ̄;)!!

保証人の欄に記入しようとして
勤め先に記入できないことに気づき
ちょっと青ざめてたようです。
仕事やめたこと
まだ誰も知らないし~(^-^;)

はははは

ま、いっか~

とそれでも夫は
幸せそうです(-o-;)
ま、いっか。

│posted at 16:58:44│ コメント 0件トラックバック 0件
2008.01.23(水)

夫、迷う

義父の勢いに流されるまま
義母を病院から連れ出すべく
いろいろ調べてきましたが
果たして病院じゃないほうがホントに義母のためによいのか?
ここへきて迷いが出てきました。

検討中の高齢者用ケア付き住宅のよいところは

★ 朝晩着替えをさせてくれるし、より普通の暮らしに近い状態で日々暮らせる。
★ 食事もあれだめ、これだめと言われず、今より好きな物が食べられる。
★ お風呂も今より入れる。
★ 地元だから友達や義妹夫婦、もちろん私達も今までより頻繁に行ける。

そして病院をでるにあたっての心配は

★ 便秘がひどいが、そのケアが十分にできなくなるのではないか。
★ 夜の定期見回りはないので寝返りをたのめない。
★ 脳出血を以前しているので、血圧の管理をしてくれる人がいなくて大丈夫か?
★ 食べ物はおいしいかわりに誤嚥の可能性は高くなる。

などなど。
しかも義母も病院の生活に慣れたようで、
看護婦さんやヘルパーさんもいい人もいるし(義父は信用しない)
よくやってくれてるとみると余計に迷いが・・・。

①安全だが、寝たきり老人一直線の退屈なの病人の生活。

②人間らしく楽しみもあるであろうが転倒、誤嚥、などなどの危険性がある生活。

どっちがいいんだろう~。

ホントは在宅で自分たちでみれれば
いいんだろうな…
やっぱり人にまかすというのは
勇気がいるもんです。

『果たして自分は正しく決断できるのか』

自分の失業より
義母の前途で頭がいっぱいの夫です(^-^;)。

《義父近況》
ついに恐れていた風邪引いてしまいました(>_<)!
熱が38度近くまで出て一時は点滴生活に逆戻りしたらしいが、今日昼休みに寄ると、ピンピンして歩いていました。
(やはり不死身)
「なんで風邪引いたのわかったの~!絶対バレないと思ってたのにぃ」(ニコニコ)
…っつーか電話のあのガラガラ声をきけば誰でもってわかるって(^_^;

でも、前回の一件からワガママがなりをひそめ、すっかり腰の低いかわいいオジサンに変身。
私の大好きなお義父さんです♪
お義父さんはお義母さんがいないとまるで

船頭を失った小船
垂直尾翼をうしなったジャンボジェット機
猛獣使いを失ったライオン
糸の切れた凧

と、まあたとえればいろいろでてきますが
この間の外泊で、お義母さんがしっかりと
たずなを握りなおしてくれたおかげで
平和がおとずれました。
・・・ああ偉大なり、妻の力。離れていても夫婦なんだな~。

嬉しいけどちょっと物足りない気もしないでもないけど。なーんて。
でもまあ、いつまで続くかわからないしね(*^-^)b




│posted at 16:59:43│ コメント 0件トラックバック 0件
2008.01.16(水)

夫、きれる

日曜日のことです。
ついに夫が、きれました…( ̄○ ̄;)

義父が先週末、突如外泊の許可がおり
例によって義母を外泊のため
病院から連れてくるよう
義妹夫婦に指令の電話が行きます。
しかし恐怖の電話攻撃に
すっかり憔悴しきっている義妹は
電話恐怖症になっているので
なかなか電話にでない様子。
義父はしびれをきらしながらも
ついに執念で連絡をつけ
例によって買い物からなにから
数々の命令を下し
夫にも義妹から悲鳴のメールが来ていました(^^;)。
そして翌日、夫は
例の高齢者用住宅の説明に実家に出向きます。
(私は風邪気味を理由に送り迎えのみ)
夕方迎えに行くと
いつも義父は風邪ひきさんを
あたかも獣が火を恐れるかのようにおののき、けして近づかないのに
少し上がってゆけというではないですか。
その上、しきりにご飯を食べてゆけと。
でもまあ、丁重に辞退し帰ってきたのですが
きくとなんとその前に
父と息子の激しいバトルがあったそうな。

要約するとこのような。
父「いったい何をモタモタしてるんだ!ダメならすぐに次をあたらんか!全くもって遅い!そんな対応の遅いとこはロクなものじゃない!今は安いいいところがなんぼでもあるんだ」
息子「だったら自分で調べてみろ!そんな都合のいいところはないんだ!何回言ったらわかるんだ!」

と、まあこういう訳です。

しかし夫の怒りは無理もありません。
彼は義母をものすごく愛しているので
当然義母のためにはと
考えに考え、他にも調べに調べたのです。

義母が入れる高齢者用の施設は
大きくわけて3つ。
①老人健康保険施設(ろうけん)

②特別養護老人ホーム

③有料老人ホーム

でもそれぞれに問題があります。

①期間に制限がある。独自にリハビリをしているので義父の希望するY病院のリハビリには通えない。医療費が施設持ちなので薬の量によっては断られることも。

②ものすごく待っている人がいるうえリハビリはない。寝たきりの人も多いらしい。

③ 料金がバカ高い上にそれに見合ったサービスをしているとこを捜すのは至難のワザ(><;)

そして
こちらの求める

①自宅に近い
②Y病院のリハビリに通える
③介護度4の義母の介護、パーキンソンのため通院および投薬が可能

という条件を満たすとなると
全くもって限られるのです(-.-;)

そこで今チャレンジしようとしているのが
高齢者用賃貸住宅で
介護保険を駆使して
なんとか体制を作れないかというもの。
最初は無理かと思われましたが
ケアマネさんの頑張りで
だいぶ見通しがたってきました。
あとは夜の寝返りと日中1人になるときの
安全確保という課題が残っていますが。

心ならずも本人の前で激論をかわしてしまった父子。
しかも夫は普段とても温厚で
めったに声を荒げたりしないのです。
父親のわがままもいつも
うんうんとだまってきいて。
なのでよけい義父は相当ショックだったのと
義母にも諭されたのでしょう。
翌日は夫に謝罪の言葉があり
拍子抜けするくらいすっかりワガママも影をひそめました。
誰もが義母を思うゆえの行動ですから
誰もせめられません。

でもきっと上手くいく!

義母が毎日楽しく暮らせ義父も安心して
闘病に専念できる。そんな体制が1日も早く実現できるよう
奮闘は続く…(*^-^)b


│posted at 16:46:44│ コメント 0件トラックバック 0件
2008.01.16(水)

ミッション インポッシブル

昨年中は一連の両親の一件で
仕事そっちのけで
日々あっちの病院こっちの病院と奔走していた夫
あげくに足を骨折したもんで
いよいよ会社には居づらくなり
会社をやめることを決意したようです。
もともと、日々ストレスで
毎日つらそうな夫を見ていて心配だったので
49才の失業に多少不安はあるものの
まあ、なんとかなるか、と気楽に考えています。

それはそうと
先週義父は月曜日に二回目の抗がん剤治療だったので
昼休みに様子をみに病院へ。
すると例によってベッドにはキチンと畳まれた毛布。シワひとつない枕カバー。
周りの患者さんたちがみな
横になってテレビをみたり
読者したり、眠ったり
まあ安静にしてるのに
ひとときたりとも
横にならずあちこち出歩いています。
この間など「おや、いない」と思ったら
廊下の窓から顔をだし
肩で息をしている義父が。
でっきり具合でも悪いのかと心配して駆け寄ったら
「おお~!今階段を上り下りして運動してたんだ」
と運動靴に上気したほほで
とても楽しそう…(^_^;)
その日も副作用でさすがに弱ってるのではと思いきや
元気に歯磨きから帰ってくると
「例の件はどうなったかな?」
ミッション(義母を他の施設に移すという)についての報告がないので
しびれをきらしていた様子。
ほんとにこの人病気なの(^o^;)??
というくらい元気です。
「そこがだめならさっさと切って
すぐに別のとこを探してもらいたい( ̄^ ̄)=з」
「あんなところには
一刻も置いておけんから!」
義父のことは大好きですが
毎回聞かされるN病院の悪口には
さすがに閉口気味(-_-#)
どんなことでも
悪口って聞くだけでも
疲れます…(*´Д`)=з
ああ、早くメドがたつと
いいんだけどなぁ~
│posted at 15:33:10│ コメント 0件トラックバック 0件
2008.01.08(火)

義父の野望

「こんな最低なところに家内は置いておけーん(`へ´)=з!」

自分のからだがままならなくなるまで
ほとんどの義母の介護を自分でやってきた義父は
他人にも自分と同じレベルを求めるので
病院や施設のスタッフがどんなによくしてくれたとこれで
採点は辛いことこの上ない(*´Д`)=з
義母をすんなり外泊させなかった(当然の対処)N病院は
もちろんすっかり「最低」の烙印を押されました。
で、またまた振り回されるのが
周囲の私たち…(-_-#)
自ら手に入れた同じ町内会によい老人施設が出来た
との情報(情報源は町内会仲間)をもとに、義母をそこに移すべくすぐさま詳しく調べよ!と
義妹夫婦にミッションが与えられ、
車でグルグル探し回ること2日(割合に原始的方法)、
ついにそれらしい物件発見!!
正月早々に夫と4人で見学に行ってきました♪

出来たばかりのそこは実は施設というより

「介護付き賃貸住宅」

部屋はワンルームの個室で
ご飯は食堂で食べる
若いひとでいうと下宿みたいなシステム。
新しいのでとてもきれいで明るい良い雰囲気です♪
ただ介護度4の義母にとって、個室で人の目が離れるというのはネック…。
介護保険でどこまで義母の介助をカバーできるか、只今ケアプランを依頼中です。
しかもケアプランには
義父の

「Y病院のリハビリに最低週2回通わせる!」

という野望も組み込まなければいけないので
果たしてどこまで叶うのか(-o-;)
今はケアプランを待つのみてす。
│posted at 11:14:54│ コメント 1件トラックバック 0件
2008.01.07(月)

加齢なる一族

昨年末、義父の病気が「悪性リンパ腫」とわかり
にわかに風呂どころではなくなってきました(^o^;)

なにせ夫の実家にとっては
昨年、一昨年は激動に継ぐ激動だったのです・

2006年 義母脳内出血で倒れる

2007年5月 義父、原因不明の皮膚の痒みに苦しめられる

7月 は義母の便秘がひどいので主治医に診せるとそく入院。
義父には介護を任せられぬとの主治医の一方的判断により退院かなわず。
義母の主治医の言うことを全くきかず(というか耳が遠いので聞こえてなかった?)
四六時中病院に入り浸り
義母の好きな食べ物を連日運び病気にお構いなしで食べさせ
恐ろしい主治医の女医の逆鱗に触れることに。
女医の「おとうさんは認知症です」という宣告に
義父ショックと怒りのあまり
十二指腸潰瘍に。

8月 義父念願の長男の結婚(私と)

9月 義母退院かなわず療養型病院に転院を迫られる。

10月 療養型病院のベッドが空くまで入院したY病院は
リハビリのレベルが最高!
おかげで短期間で脳内出血の後遺症が
かなりよい状態に。
11月 義父、今度は原因不明の耳下腺腫脹。顔が3倍くらいに腫れ、大学病院へ。その後原因がなかなかわからない日が続く。ある日療養型病院のN病院に転院した義母を1日も早く家に連れて帰りたい義父は
義母を外泊させるため迎えに行き病院で高熱のため倒れる。

12月 義父の病名が明らかになり専門の病院入院というやさき、また高熱で一時危険に。

その後驚異の回復力をみせ
年末には周囲の助言にまったく耳を貸さずに
外泊許可がおりたとたん、その足で義母の病院に行き、
「お前たち私の家内を返しなさ~い」と人質解放を呼びかける警官隊ばりに大暴れし、一時は敗れるも
翌日息子に有無を言わせぬ指令をだし義母を奪還。
不屈の執念で夫婦そろって念願の自宅滞在を実現。

昨日それぞれの病院に戻りました・。

今後さらに義父と義母と一族のドラマは
続くのです…(^_^;)
│posted at 17:14:45│ コメント 0件トラックバック 0件
プロフィール

なおぴ~

Author:なおぴ~
長きにに渡る派遣社員&通信大学生という兼業主婦生活から、ついに憧れの専業主婦に転身(゙ `-´)/!!大好きな温泉、キャンプ、珍主婦生活を絶賛更新中(を目指す)、、、、から3年ぶりに帰ってきました。専業主婦→兼業主婦に復活!珍主婦生活は健在です

 
カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別

12月 | 2008年01月 | 02月
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -


 
FC2カウンター